稲荷山宿

稲荷山宿(いなりやまじゅく)

稲荷山宿の中心部
稲荷山宿の中心部

稲荷山宿は天正11年(1583)上杉景勝が築城してから町として発展し、慶長19年(1614)には街道の宿場に定められました。
 稲荷山の地名は上杉謙信が出城の縄張りのとき、白狐が縄張りに入り込んだことに由来しているといわれています。

治田町交差点
治田町交差点
八幡宮道との分岐を示す道標
八幡宮道との分岐を示す道標

 治田町交差点あたりから稲荷山宿になります。
「右 西京街道 左 八幡宮道」の道標。
八幡宮道とは1.5km先にある八幡宮( 武水別神社:たけみずわけじんじゃ)を示し、西京街道とは善光寺街道を京、伊勢へ上る時の言い方です。
 つる忠 創業文政年間(1818~30)、元祖「更科そば」名物は辛味大根の「おしぼりそば」がこの近くで営業しています。

治田神社(はるたじんじゃ)下宮一ノ鳥居

治田神社(はるたじんじゃ)下宮一ノ鳥居

 治田神社は稲荷山城築城時、桑原村から分社されものです。昔から更科の総社です。

姥捨山冠着宮遥拝所碑

姥捨山冠着宮遥拝所碑

 遥拝所とは遠くから拝む場所のことで、麻績宿にもあります。二箇所の謂れは姨捨山の月を参照してください。

中町付近

中町付近

蔵し館 江戸後期以降の民俗資料館

蔵し館 江戸後期以降の民俗資料館

本陣・問屋跡(松木家) 冠木門(かぶきもんや)玄関屋根など往時の姿を残しています。

谷街道との分岐を示す道標

谷街道との分岐を示す道標
「左ぜんこうじ道 右東京并屋代道」と示されていて明治以降に設置されたものです。

天用寺(てんようじ) 徳本念仏塔(とくほんねんぶつとう)

天用寺(てんようじ) 徳本念仏塔(とくほんねんぶつとう)

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康楽寺(こうらくじ)

 康楽寺の開基は木曽義仲の軍師であった西仏坊で、義仲没後親鸞の門人となり、海野庄に一庵を建て、報恩の経を讀じゅしました。 親鸞は、これを「報恩院」と命名しました。これが康楽寺の草創(1212)で、後に塩崎長谷のこの地に移り、更に稲荷山駅寄りの現在の地に移転しました。

本ルートの終着、稲荷山駅は0.3km程度です。

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