一里塚

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一里塚は街道の距離の目安として一里(約3,927m)毎に江戸幕府によって慶長9年(1604)東海道から順次築き始められ、全国の主な街道に広がりました。
一里塚は通常、街道の両側に土盛した小山を造り、その上に遠くからでも目立つような榎(えのき)や松など木々が植えられていました。なんらかの理由で、片側だけだったり、両側とも築かれなかった一里塚もありました。
塚木は「東海道分間絵図」などによると1本とは限らず、塚木がなかったり、榎と松が植えられていたり、決まりはなくその土地にあった木が植えられていたようです。
一里塚の大きさは、五間四方(9.1m)といわれていますが、ほとんどが丸塚になっていて直径7,8間程度(12~13m)、高さは1間半から2間程度(2~4m)でした。

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